源流師、海へ。
今回は番外編? 山ではなく、海でのお話です! 源流師のフィールドは、山だけにとどまりません。そして、魚は釣るのではなく、銛を手にして素潜りで仕留めるのが源流師スタイル。チョッキ銛、奥深そうな世界ですね。前にテレビで観た、「獲ったど〜」のやつを想像していたら、それよりもずいぶん長くて驚きました! チョッキ銛に魅せられた男たちのお話、お楽しみください!(by リノカジャーナル編集部)
国立公園内は動植物の採取が禁止なのでは?
まず先に言っておきたいが、国立公園内での動植物の採取は、自然公園法で「基本的に禁止」されている。場所によっては石コロの採取でさえも犯罪行為として処され、6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金刑が課される可能性があるのだ。
ではなぜ「楽しい国立公園にみんなおいでよ!」と言いながら、「はい、山菜採ったから逮捕ぉ!」と、ワナで待ち構えるようなことになっているのだろうか?
国立公園の目的は、「次の世代も、私たちと同じ感動を味わい楽しむことができるように、すぐれた自然を守り、後世に伝えていくところです。そのために、国が指定し、保護し、管轄する、役割を担っています。(環境省ホームページ原文)」と明記されている。
注目したいのは、「指定し、保護し、管轄する」という点だ。最初に「基本的に禁止」と書いているように、採取行為がすべて禁止されているわけではない。ということをリノカユーザーには覚えておいて欲しい。
これは国立公園を楽しむための大切な知識であり、知識の蓄えこそが、「次の世代も、私たちと同じ感動を味わい楽しむことができるように、すぐれた自然を守り、後世に伝えていく」ということに結びつく力になるはずだ。
山の幸、海の幸、食を現地調達するという究極の野遊び
おいしい水と空気を育む日本の国立公園には、ワイルドでうまい新鮮食材がゴロゴロしているはずだ。そんな素晴らしい自然環境で遊びながら、同時に食料調達もできるなら、旅の楽しさは飛躍的に高まるのではないだろうか?
そんなワガママな思考回路で辿り着く究極の野遊びが「源流師」である、と私は自負しているのだが、岩魚やきのこ、山菜などの山の幸ばかりを当てにしていると思いきや、川の源流域から下流域だけでなく、海中にまでフィールドを広げている源流師が意外とたくさんいるのだ。
理由はシンプルで、海にはうまい食材がたくさんあるから。ちなみに私も同じ考えで、年に2~3回は魚を獲りに海を目指す。
国立公園が指定している採取禁止の動植物を事前に把握し、それ以外をターゲットにすればいい、という訳なのだが、現地の自然と人々に最大の敬意をはらい、乱獲と危険行為は慎むようにしなければならない。具体的には、現地情報とルールを把握するために、地元の漁業関係者や管理者とのコミュニケーションをしっかりとるようにする。また、採取する量は食べる分だけに留め、自然保護の気持ちで命を頂戴するようにしたい。地元の人を見かけたらちゃんと挨拶し、積極的に話しかけ、あとは無駄な殺傷はしないようにするだけだ。
とは言え、「海の中が見えないのに、どうやって食べたい種類やサイズの魚だけを獲るの?」と思うかもしれない。しかし答えは簡単だ。おいしそうな魚を見つけて獲ればいいのだ!
釣竿ではなく、チョッキ銛という選択肢
食べたい魚だけを獲るには、食べたい魚が住んでいそうな海に潜ればいいだけの話なので、細かい話は割愛し、魚と対峙する時に使用する武器を紹介しよう。
私が使用する魚採取用武器は2種類ある。山ではテンカラ竿、海ではチョッキ銛だ。
山で使用しているテンカラ竿は、俗に「和式毛バリ」と言い、川の職漁師が使ってきた伝統的な和竿である。フライフィッシングを嗜んでいる人は耳にしたことがある名前だろう。
海で使用しているチョッキ銛は、おそらく知らない人の方が多いのではないだろうか? どうやら1980年代に活躍していた日本の素潜り漁ハンター達が、旧式の羽式1本銛に改良を加えながら進化させた、日本独自の大物用の銛だということだ。
魚突きと言えば欧米諸国が盛んで、「Spearfishing(スピアフィッシング)」のカテゴリーでたくさんの人がスポーツとして嗜んでいる。しかし彼らが手にしているのは引き金で銛が飛び出す水中銃が主流。「Spearfishing」で検索してみると、確かにそのほとんどが水中銃だ。どうやら日本のチョッキ銛のような魚突きは、Spearfishingではなく、「PoleSpear(ポールスピア)」と言うらしい。
私がチョッキ銛と出会ったきっかけは、今も現役の素潜り漁師であり、チョッキ銛製造の第一人者でもある神津島の梅田包彦氏との出会いだ。出会ったと言っても、インターネットで勝手に出会っているだけなのだが、梅田氏が運営している「手銛工房NYKメタル」のホームページの情報量がハンパない。そしてそのホームページを回遊していた私は、あるひとつの事に確信を得て、チョッキ銛の世界へとどっぷり潜って行ったのである。それは、「生き物を食べるという行為は、命と命の真剣勝負であり、獲物には最大限の敬意をはらわなければならない」という思想だ。 獲物が住むフィールドに自ら赴き、海中でその獲物と1対1で対峙し、短い駆け引きの後、明確な勝敗が決する。食べることを絶対的な目的にすることで、釣りで得られるゲーム性の快楽ではない、「生きる」という根本的な部分で満たされる。チョッキ銛という魚突きの道具には、遊びの中に思想と次元を広げてくれる力があるような気がするのだ。
縄文時代からあった日本の伝統的漁法
素潜り漁をネットで検索してみると、タイやイシダイだけでなく、回遊魚のブリやカンパチ、超大型のクエやロウニンアジ、マグロまで手にしている写真を見ることができる。どれもチョッキ銛の成果だ。チョッキ銛の最大の特長は、その形状にある。
さまざまな形の銛やヤスは、基本的にシャフトと銛先と返しの3つで構成されている。シャフトの長さは射程距離に影響し、銛先は貫通力、返しは魚の保持力と考えていい。
小魚向きの2又以上のヤスや、刺した後に返しが開いて引っ掛ける羽式1本銛、銛先の構造自体で突いた魚を保持するパラライザーなど、その種類はたくさんあるが、長い射程距離と貫通力を極めながら、銛先自体が返しの役割になるチョッキ銛は、胴が太い大物魚にも対抗できる唯一の銛であると言っても過言ではない。
古代の文化などを調べてみると、鋭い銛先が返しになるシステムは縄文時代からすであったようで、銛先に利用したと考えられる動物の骨の開窩式銛頭(かいかしきもりがしら)が崎山貝塚から発掘されている。これこそチョッキ銛のルーツであり、日本の伝統漁法だったのだ。想像ではあるが、縄文時代の男達も獲物を探して大海原へと果敢に挑み、ブリやマグロなどの超大型魚だけでなく、山のように大きなクジラまでも獲っていたのではないだろうか?
波打ち際に立ち、4mを超すチョッキ銛を片手に水平線を眺めていると、そんな悠久の時を越えた男のロマンまでも感じられる気がするのだ。
大物用チョッキ銛の威力がハンパない
とにかくチョッキ銛は最強の魚突き道具だ。その威力はネットでもたくさん見ることができるが、先日たまたま神津島に仕事で行く用事ができたので、念願の「手銛工房NYKメタル」に行ってきた。
工房の中には梅田氏の若かりし写真がたくさん飾られていて、どの写真にも信じられないほど大きな魚を手にしていた。使っている銛はすべて自作のチョッキ銛。
チョッキ銛作りに人生の大半の時間を費やし、今もなお新作の開発に余念がない梅田氏の作業場はとてもシンプルだった。必要な道具のみを置き、作り置きはせず、客が望むチョッキ銛をひとつひとつ手作業で仕上げていく。シンプルな構造で最大の威力を発揮するチョッキ銛同様に、梅田氏の無駄を省いた職人のこだわりが店内からも見てとれる。
神津島の海と魚の話に花を咲かせながら、「続けられるまで続けるさ」と語る梅田氏の力強い言葉に感慨深いものを感じた。チョッキ銛という遊び道具にここまで真剣になれる魅力があるのだ。「伝統」や「職人技」だけでは片づけられない男のロマンがだ。
新しい遊び道具を積んで出かけよう
四方を海に囲まれた日本を遊び尽くすために、「チョッキ銛」という道具をひとつクルマに乗せてみてはいかがだろうか? 新たな人に出会い、新しい道具に魅了され、人生の遊び心が広がる。これこそが求めていた旅を形作る大切なファクターになるはずだ。
→手銛工房NYKメタルのサイト
→日本各地の遊漁ルール 都道府県漁業調整規則 By 水産庁
突行(魚を突きに行く)のおすすめポイント
「島と東北と日本海側」と覚えておこう。上記の遊漁ルールにもあるが、太平洋側と瀬戸内海は基本的に禁止されている。少し長い休みができるなら、素潜りで魚を獲りながら日本海側を海沿いで旅してみたいと思う。その日に獲った新鮮な魚を味わいながら、地元の酒で車中泊を楽しんでみたいものだ。
※注意
素潜りは危険性を伴う遊びです。ひとりでの行動は避け、地元漁業従事者とのコミュニケーションを密にとりながら、ローカルルールに従い安全性を確保してください。