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2023.4.19

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【Vol.92】メンバー交代のライン

2023.4.19

連載:Renoca Adventure

青天の霹靂

出国3日前、チームのグループLINEに「今朝、雪掻きをしている時にギックリ腰の前兆が出ました。早朝の寝起き直後でちょっと無理をしたと反省しています。」との一文が田中さん本人から届いた。続けて「用心として明日鍼灸治療院に行っています。」とあった。チームメンバーは皆、泣き顔の絵文字でリアクションを残した。この文面だけでは、正確な状態は分からなかったが、一様に「軽度」だと思ったに違いない。 そう思った言葉がある「前兆」と「用心」だ。
今思えば、このとき言葉の真意を確認する必要があっただろう。実際に会いに行き、状況を確認するべきだっただろう。しかし、現実にはそれができなかった。言葉に惑わされたと行っても過言ではない。さらに、出発に向けて皆慌ただしく準備をしていた状況が相まって、2の次となったことは否めない。

揺れ動く

田中さんのギックリ腰は今回が初めてではない。過去にも経験があった。それだけに、本人が身体の状況を一番理解しているのだから、言葉の信頼度は高いと感じたに違いないだろう。しかし、これまでと違うことが一つだけ、それはレース直前だということだ。出国3日前、レーススタート1週間前。どこか「軽度だから問題ない」と自己判断していた節があった。それを後押ししたことがある。翌日、チームプロデューサーの竹内より、治療の動画が送られてきた。そこには「劇的に回復」とあった。だが、映像をみて違和感を覚えた。椅子から立ち上がる姿、その後ゆっくり歩き出す姿、笑顔で両手をサムアップしていたが、率直に「そもそも軽度ではなかったのでは!?」と考えを改める必要があった。 実はこのとき思ったのは、「1週間で間に合うのか」と「まだ一週間あるからきっと大丈夫」だった。結果は後者に心は動いた。理由は、「田中さんなら・・・」という期待を含んだ言葉が冠にあったからだ。

希望的観測

草原をマウンテンバイクで駆け抜けるチーム~レース中盤から劇的な回復を果たした田中正人

ところが、その感情も翌日には変えらざるを得なかった。出国前日、翌日の出発に向けて、荷物をチーム車両に積み込むために、メンバーが集まった。そこに、竹内の運転で、田中さんも現れた。しかし、どこか様子がおかしい。入り口のドアにギリギリまで近づけようと何度もハンドルを切り返していた。そして、車のドアを開けて出てきた姿は、昨日の動画とは別人ともいえる動きをする本人だった。竹内に聞くと昨日の朝は自分で起き上がれないほどに悪化していたという。これでも大分良くなったと続けた。内心「これで!?良くなった?」とにかく、段差の上り下りやかがむこと、立ち上がったり、座ったりにかなりの制限が見られ、歩く姿も弱々しい。その姿に、不謹慎ではあるが笑うしかなかった。6ヶ月も前から準備を進めてきた今回のレース。これも「TEAM EAST WINDに与えられた試練」だと腹をくくれば良かったのだろうか?このときは、そう判断したのだろう。とにかく、あのときは田中さんの回復を信じての出国だった。

結果論

今振り返れば、このときできたことがもう一つあった。時間は限られていたが、しっかりと田中さんの心情に寄り添うべきだった。だが、現地でもスタートに向けて、多忙を極め、そんな間もなかったのが現状だった。これも、今となっては言い訳にしか聞こえない。チームメンバーは言った「田中さんは骨折してでもあきらめない人」「田中さんの経験や実績はギックリ腰の状態でも、チームにとっては大きなアドバンテージだ」とも。過去にもレース中に続行不可能という状況に追い込まれながらも、ゴールしたレースはあった。しかし、今回はまだスタートもしていない。チームとして、キャプテンとして、「最善の選択肢は残っているのではないだろうか」という思いが芽生えていた。スタート前からチームとしてハンディを背負った状況で挑むのと、経験値や技術は遠く及ばなくとも、体調万全な状態の他のメンバーと交代して挑むのと。
心に決めたのは、後者だった。少しでも、目標へ近づける可能性の高い方を選択したいと判断した。

決断

そして、レーススタート2日前の夜に緊急のミーティングをした。結果は提案者以外、全員反対だった。「今、メンバーを交代すればチームがぶれてしまう、この状況をチームで乗り越える決意をしなくてはいけない!」との言葉。感情が前に出てしまい、ヒートアップする場面もあったが、チームとしての決断は「ハンディをチームで背負ってでも、メンバー交代はしない」となった。このとき、今後同じような状況になることを考え、チーム内で「メンバー交代のライン」を設定しなくてはいけないと至った。未だにそのラインは決められていないが、「物理的に出国できない状態」が一つの基準となるだろう。今後はここから議論を重ねて、基準を明確化していきたい。

田中陽希さん

著者:田中 陽希YOKI TANAKA

2007年チーム・イーストウインドのトレーニング生となり、2008年4月にトレーニング生を卒業し、正式メンバーとなる。地道なトレーニングで実力をつけ、プロアドベンチャーレーサーとなる。2014~2015年、陸上と海上の両方を人力のみで繋ぎ合わせた『日本百名山ひと筆書き』と『日本2百名山ひと筆書き』に挑戦。現在『日本3百名山ひと筆書き』に挑戦中。