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2021.6.16

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【Vol.47】睡魔 – sleep monster –

2021.6.16

連載:Renoca Adventure

休息の戦略

人間にとって一番の苦痛は何だろうか? アドベンチャーレースの世界では皆口を揃えて言う「睡魔(Sleep monster)」だと。
運転中、授業中、仕事中など、睡魔に襲われる経験は誰しもが必ずあることだ。
心身の集中力が必要になればなるほど、睡魔の力がますます強くなるように思える。
そんな強力な睡魔から逃れるための方法と言えば、手っ取り早くカフェインを摂取したり、ガムを噛んだり、身体を動かしてみたりといろいろある。
しかし、最終的には睡魔の力に勝つことはできずに、自分も知らない内に寝落ちしてしまう(とくに私の場合)。

その一方で、完徹(夜通し徹夜)を経験したことがある人も少なくないだろう。もしかしたら「3日くらいは寝ないでも平気だ」という若気の至りで無茶な日々を経験したことがある人もいるかもしれない。
しかし、それが4日、5日と続き、やがて1週間が過ぎて10日目となると、無茶で凌げるようなそんなに単純な話ではなくなる。

アドベンチャーレースでは、平均して1週間くらい動き続けなければならない。
長いレースになると、10日以上ということも普通にある。
「レース」なので、勝負の見極めは体力や技術だけでなく、戦略的な休息のタイミングも競い合うことになる。

レース初日はみんな元気だ。ほとんどのチームが徹夜で距離を伸ばす。
そして2日目からは、各チームのそれぞれの計画に従って短時間の睡眠をとるようになる。
過酷な環境下でのレースは、緊張と集中力が強制的に高められる。もちろん心身への疲労度も高くなる。睡眠をとらずにレースを続けることは、多くのリスクを後回しに蓄積させることだと皆熟知しているからだ。
だからこそ、レースで勝つためには短時間で効率よく、そして計画的に睡眠をとることが不可欠となる。

チームの戦略で睡眠時間の消費方法は異なるが、我らイーストウインドは1時間半~3時間睡眠が多い。90分間隔で繰り返されるノンレム・レム睡眠の効果を利用した戦略だ。
しかしそれは机上での話。
実際のフィールドでは、そんな絵に描いたような思い通りの睡眠が実現できるわけはないのだ。
なぜなら、睡眠とは個人差があるからだ。

本当の敵は自分の中

本当の敵は自分の中

眠気を感じるタイミングは、生活環境が影響するというのが一般的だ。
レース中は男女混成4人一組で常に行動を共にしているので生活環境は同じはずだが、なぜか睡魔に襲われるタイミングが4人共異なる。
チームで決めた計画的なタイミングで睡眠を得たとしても、しっかり寝られるメンバーもいれば、睡眠不足に陥るメンバーもいる。
また、レースが進むにつれて肉体的にも精神的にも疲労が極限に達すると、歩きながら寝るという個性的な技術が発動される。そればかりか、マウンテンバイクに乗りながら寝てしまったり、シーカヤックを漕ぎながら寝たりと、その技は危険を顧みない。気を抜くとすぐに意識が飛んでしまうのだ。

そんな状態がさらに続くと、今度は幻覚や幻聴が現れ始める。
ジャングルの中で日本の電話ボックスが見えることもあるし、川のせせらぎが軽快な音楽に聞こえることもある。
もうレースをしていることさえも分からなくなるし、私は今どこで何をしているのかさえも理解できなくなる。自分の意思がどこにあるかもわからないまま、睡魔にやりたい放題にやられてしまうのだ。
仲間と一緒に他のチームと戦っているのに、気が付くと自分の中の睡魔との戦いが一番厳しい。
レースに勝つための最大の敵は「睡魔」なのかもしれない。
その最大の敵である睡魔は自分の中から生まれるのだ。
これがアドベンチャーレースの奥深さなのである。

田中陽希さん

著者:田中 陽希YOKI TANAKA

2007年チーム・イーストウインドのトレーニング生となり、2008年4月にトレーニング生を卒業し、正式メンバーとなる。地道なトレーニングで実力をつけ、プロアドベンチャーレーサーとなる。2014~2015年、陸上と海上の両方を人力のみで繋ぎ合わせた『日本百名山ひと筆書き』と『日本2百名山ひと筆書き』に挑戦。現在『日本3百名山ひと筆書き』に挑戦中。