源流師の師匠、伝説の源流師が登場!
金田さんが師匠と仰ぐ、伝説の源流師・豊野則夫氏が登場! ねじり鉢巻き姿がめちゃめちゃかっこいいです。軽々と沢を登る70歳、憧れる。。。そして金田さんは、温泉も相当お好きだということがわかってきました。今回もお楽しみください!(by リノカジャーナル編集部)
磐梯朝日国立公園で沢登り
台風15号の影響で千葉県が被災した。その台風は太平洋の東京諸島も直撃したが、千葉県ほどニュースにはならなかった。ただ、それらの島の取材を予定していた僕のスケジュールは、大幅に変更になった。 考えれば多くの仕事に追われ、僕がライフスタイルにしている沢登りに今年は一度も入れていなかった。ふとそんなことを考えていたら、思わず長年の師匠である豊野則夫氏に電話をかけていた。 「おう、こうじか。今週はガイドの仕事で磐梯山の北にある沢にはいるんだよ。来るかい?」 願ったり叶ったりだった。僕はふたつ返事と共に磐梯朝日国立公園のロードトリップ取材をお願いし、今年初の沢登りに心躍らせた。
源流の第一人者、豊野則夫という男
僕が源流師になったのは15年以上も前の話だ。当時はまさか沢を登って山の稜線に出られるなんて想像もしていなかった。それが今では、泊りのない沢旅なんて微塵の興味ももてなくなってしまっている。時間が許されるのであれば最低4泊が理想だ。それもこれも、今回ご一緒させていただく豊野則夫氏の影響が大きい。
豊野氏は何冊もの沢登りガイドブックを執筆している。関東から東北にかけて数百の沢を仲間たちと共に登り、その記録をルート図と共に解説しているのだ。沢を嗜んでいる者であれば、一度は耳にする名であることは間違いない。
沢のおもしろさを模索していたまだ若かりし頃、当時のザイルパートナー(ロープを結び合える特別な仲間)と共に、沢の中で豊野氏に出会った。愛読書として穴が開くほど読み込んでいた『源流のイワナ釣りガイド』で見た馴染みあるねじり鉢巻き姿と、その屈託ない笑顔が目の前にいることに大いに感動したものだ。
それからいくつもの沢を一緒に登り、豊野氏の一挙手一投足を自分の体に刻み込んだ。言うなれば沢での焚き火や酒の飲み方までもだ。実際に、僕の今を形作っている重要人物のひとりであると考えている。
沢は登山と違い、遡行(沢を登ること)に数泊を要することが多い。ただ歩くだけではなく、岩をよじ登り、時には淵を泳ぎ、ヤブの中で数時間もさまようことなんて当たり前だからだ。だから僕は、冗談半分本気半分で「沢は入渓した瞬間から遭難状態」とよく言う。ルートは水線になるが、どこを行くのも自由で、自分の技術でルートを選べばよい。それが沢を登る行為の最大の魅力でもあり、半分遭難している状態でさえも楽しむのだと考えている。
そして誰もいない沢の中で寝られる場所を見つけて、源流の岩魚を焚き火で焼きながら仲間と共に酒を酌み交わす夜は、都会の喧騒を忘れて至福へと導いてくれる唯一無二の時間となる。
日帰り沢登りの楽しみ方
磐梯朝日国立公園は、朝日、飯豊、磐梯の3カ所に飛び石的に分かれている。今回の旅先は山形県の最南部、磐梯吾妻・猪苗代地域だ。
本音を言えば、とても残念だった。今回のガイド遡行は日帰りの沢登りだというからだ。入る沢は山形県の前川水系大滝沢。源頭(谷の最上流、尾根に到達する場所)の分水嶺は山形県と福島県の県境で、登山道が近くにあるとても綺麗な沢なのだそうだ。
大滝沢の技術レベルは、僕が思うに初心者向けだ。ただここには日本の滝百選に選定されている滑川大滝がある。今回はこの名瀑を見てからさらに滝の上を遡行し、適当なところから登山道を利用して戻るという計画だ。予定遡行時間は4時間。午前に出発して、午後一にはクルマに戻れるお手軽コース。午後は温泉に入ってから、どこか適当な場所で米沢牛でも買って車中泊しようということになった。それなら日帰りの沢登りも悪くない。
滑川大滝の名前の由来を滝の前で理解する
見るからに滑川大滝だった。沢用語で「ナメ」というのは、岩の表面を撫でるように流れる様子を言う。それが沢になって流れていれば「ナメ床」と言うし、滝状になっていれば「ナメ滝」となる。今回の沢はこの両方を持ち合わせた名前の通りの渓相だった。とくに滑川大滝の姿は、誰が見ても「ナメカワオオタキ」なのである。素晴らしいの一言に尽きるが、僕たちは滝を見上げながらどうしても登攀(クライミング技術で岩を登ること)ルートを探してしまう。「あそこの草付きまで上ってから反対側にトラバース(横切る)して、水が流れる岩の隙間を這って上がれそうだ」とか話してしまうのだ。登れる滝なら登ってしまいたいと考えてしまう奇特な大人たち。実際に時間と道具に余裕があれば登っていたかもしれない。ただ今回はお客さんを連れたガイド遡行だ。そんな危険を楽しむよりも、美しい風景に時間を費やすべきだ。落差約80mの滝の左側のヤブを利用して滝の上に出ることにした。
適当な場所でランチをして、登山道で帰路に
「12時には帰ろう」ということで美しい滝と淵をいくつも越えて沢登りを楽しんだ。標高が高くなるにつれて、水はどんどん清く透明になり、その冷たさも同時に増して行った。湧水が増えている合図だ。大好きな源頭の風景が、少し色付いたパステルカラーと共に目の前に広がってゆく。季節の変わり目の初秋の雰囲気を感じる。国立公園の醍醐味の中で、心から来てよかった、と思える瞬間にだった。
沢の幅はどんどん狭まり、そろそろ帰る時間も近づいてくる。後ろ髪引かれる思いもあるが、温泉も捨てがたい。どうやら姥湯温泉というのが格別らしく、ロードトリップの楽しみがまだまだ続くことに幸せを感じた。
夜は野営、そして温泉三昧
絶景の景色の中で源泉かけ流しが楽しめる姥湯温泉で汗を流したあと、その日の夜のために米沢牛を買いに街に下りた。納得できる品質の米沢牛を脇に抱え、地元の人に教えていただいた河原の橋の下で車中泊と決め込む。地元では有名な場所のようで、数組の先客がいたが、夜は皆それぞれの家に帰り、旅の途中の我々だけが残った。
厳選した山道具で米沢牛を焼きながら、地元のスーパーで購入した野菜で簡単な料理を作る。そして過ぎ去った夏の思い出を話しながら酒を酌み交わす。場所こそ沢の中ではなかったが、至福の時間が訪れていることに身体が喜んでいた。
関東から約4時間半で来れる磐梯朝日国立公園。またひとつ、大人の遊び方を見つけてしまった。
せっかくなら明日の朝は、早朝から入れる温泉を巡りながら、のんびり南下するロードトリップで家に帰ろう。それが一番いい車中泊のロードトリップを完成させるはずだ。